・1日遅れの投稿となりましたが、東京大学きらら同好会 Advent Calendar 2022の15日目の記事です。
・昨日の記事は、りちゃさんの「英語圏 YouTube に人生を溶かしすぎたのでみなさんの人生も溶かします」でした。この記事は1日遅れですが、りちゃさんの記事も1日遅れでしたので、昨日の記事という表現で正しいでしょう。
licjar-xeymelloz.hatenablog.com
・明日の記事は、ぷなさんの「きららアニメ全視聴のススメ」が予定されています。この記事は1日遅れですが、ぷなさんの記事も1日遅れになりそうだと聞いておりますので、明日の記事という表現で正しいでしょう。
・遅刻の連鎖を止める方は今後現れるのでしょうか。注目ですね。
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東大きらら同好会のK. 汝水(@tactfully28)です。今回はきららにて連載が開始したばかりの気鋭の作品、「妄想アカデミズム」を紹介したいと思います。
【きらら8月号】初登場ゲスト、檜山ユキ先生「妄想アカデミズム」!
— まんがタイムきらら編集部 (@mangatimekirara) 2022年7月6日
妄想は得意、勉強は不得意な未春が、幼馴染で優等生の莉子と一緒にいるために東大受験を決意!? #kirara pic.twitter.com/BWL5N4LnOp
- 「妄想癖」「両片想い」「東大受験」の三要素
- 魅力1: 妄想というフォーマットの秀逸さ
- 魅力2: 両片想いの未春と莉子を対にした構成
- 魅力3: 受験ものとしてのリアリティ
- 結論: 各魅力の相互作用による"奇妙なリアリティ"
- 余談: 二次創作少ない問題
- 「きらきら☆スタディー ~絶対合格宣言~」の話
本作は、きらら公式のニコニコ静画「きららベース」でも公開されています。現在は3話までが無料で読めますので、ぜひご覧ください!
「妄想癖」「両片想い」「東大受験」の三要素
「妄想アカデミズム」は、雑誌「まんがタイムきらら」で2022年12月号から連載が開始された作品で、ゲスト掲載を含め現在5話までが掲載されています。本作では、互いへの「妄想癖」を持つ「両片想い」の二人が「東大受験」をするというストーリーが繰り広げられます。以下、詳しく見ていきましょう。
「妄想アカデミズム」の主人公は、高校二年生の湯島未春(図1左)です。未春は一学年上で成績優秀な幼馴染の室町莉子(図1右)に片想いしており、莉子と共にキャンパスライフを過ごすべく、莉子と同じ大学を受験することを決意します。そう、東大受験*1です。
未春は成績が悪く、このままでは東大に受かりそうにありません。しかし、未春と同じ大学に通うことは、未春の望みであると同時に莉子の望みでもあります。実は莉子も未春に片想いしており、二人の関係はいわゆる両片想いだったからです。
そこで莉子が未春に勉強を教えようとするのですが、未春は単に成績が悪いだけでなく妄想癖を持っており、莉子に勉強を教わるほどに勉強そっちのけで莉子のことばかり考えてしまいます。そして莉子は莉子で妄想癖を持っており、未春に勉強を教えるほどに未春のことばかり考えてしまいます。
果たしてこの調子で東大に受かるのか?恋の力を成績に変換することはできるのか?こうしたストーリーをアッパーかつコミカルに描くのが本作「妄想アカデミズム」です。
魅力1: 妄想というフォーマットの秀逸さ
「妄想アカデミズム」を語る上で欠かせない魅力が、本作のコンセプトそのものです。受験勉強を描く作品ですから、ともすれば部屋で延々と勉強しているだけの、動きのない地味な作品になりかねません。しかし、本作では「妄想」というフォーマットを採用し、その中でキャラクターを暴れ回らせることで、読んでいてしっかり楽しいコメディに仕上げています。
これはまさに暴れ回っていると形容すべき代物で、東大の構内で服を脱いでいちゃいちゃする(図2)、何の前触れもなく裸で窓を割って部屋に突入する(図3)、挙句の果てにはローマ帝国にエジプトを併合させる(図4)など、現実世界ではないから何をやってもOKと言わんばかりに好き放題やっていきます。こうした異常な行動の数々が畳み掛けるようなハイテンポギャグを織り成し、作品に勢いをもたらしているのです。
魅力2: 両片想いの未春と莉子を対にした構成
未春と莉子はどちらも妄想癖を持っていますが、その中身は対照的であり、未春は自分が莉子と結ばれるポジティブな妄想をしがちなのに対し、莉子は未春が他人に奪われるネガティブな妄想をしがちな傾向にあります。そして、この作品は二人を対比させて描くのがとても上手いです。
とりわけ注目したいのが第3話の構成で、この話では見開きの右側で未春の妄想が、左側で莉子の妄想が展開されるページがあります。
標準的なきららの4コマ漫画では、原則1ページに8コマを置かなければならないという4コマ漫画としての制約があります。妄想アカデミズムの3話はこのコマ割り上の制約を逆手にとって「未春と莉子は対の存在である」ことを効果的に伝えるもので、とても工夫された表現だと思います。私は五言絶句の漢詩のような美しさを感じました。
魅力3: 受験ものとしてのリアリティ
これまで、三要素のうち「妄想癖」「両片想い」の部分に焦点を当てて妄想アカデミズムの魅力を述べてきました。ですが、この作品は「東大受験」の要素の組み込み方も優れており、細かい描写が受験ものとしてかなりちゃんとしています。
例を挙げて説明しましょう。3話には莉子が未春に数学を教えるシーンがあります(図5)。さらりと読み流してしまいがちなコマですが、よく見ると莉子のセリフがかなりしっかりしていることに気付きます。ともすれば「ここはこの公式を使って...... 」といったセリフで済まされやすいところが、具体的に描写されているのです。そして、前後のコマと突き合わせることで、「与えられた三次関数に対して原点を通る接線を求める」という問題*2を解いていることが推察できるようになっています*3。これは細かい点ですが、「莉子は頭がいい」という設定に説得力を与え、作品全体の厚みに貢献している描写だと思っています。
同じく3話より、部屋に勉強内容のメモを貼っているというシーンを紹介します。凄いのが、これらがしっかりと受験の頻出事項であるという点です。「literary」と「literally」が全然違うことに混乱するのは受験あるあるなので、驚きました。対義語をペアで覚えようとしたり、「そうdenyと否定する」と実用的な語呂合わせで覚えたりするなど、ちゃんと勉強していることが伝わる一コマです。右上に「obsession 妄想」があるのも面白いです。
その他にも、5ページかけて古代ローマ史を取り扱う(図4)、東大は文系でも数学が必要だからという話から数学対策の話に繋がる(図7)、オイラーの公式は学習指導要領範囲外だとツッコむ(図8)など、明らかに受験を「わかっている」描写が並びます。これらの積み重ねが、作品に受験ものとしてのリアリティをもたらしているのです。
結論: 各魅力の相互作用による"奇妙なリアリティ"
ここまでで、妄想アカデミズムの「ぶっ飛んだ妄想の世界」と「現実に即した描写」についてお話してきました。そして、本作の面白さはこれらが渾然一体となって生まれる"奇妙なリアリティ"に支えられています。
図2における「三四郎池の前で服を脱ぐ」場面のように、妄想アカデミズムでは妄想世界の背景として現実の東京大学の施設などが登場します*4。「妄想世界でいきなり服を脱ぎ始める」だけでもかなり面白いのですが、しっかりと現実の東大に即した描写を入れることで面白さを倍増させています。
また、3話ではテニサーに入ってわけのわからないことを言う妄想世界の未春が登場します(図9)。このときの未春のセリフには妙な生々しさがあり、面白さの中にほんのりと毒気を感じます。
妄想アカデミズムを読んでいると、怒涛の勢いで襲ってくる狂った描写とリアルな描写の交互浴により、もはやリアリティがあるのかないのかよくわからなくなってきます。この独特のギャグセンスが、無二の読書体験をもたらしてくれていると思います。皆さんも是非一度「妄想アカデミズム」の世界を読み味わってみてください*5。
余談: 二次創作少ない問題
妄想アカデミズムは連載が開始されたばかりであり、知名度があまりありません。Twitterで何度も「妄想アカデミズム」を検索して二次創作を探しているのですが、今のところ二次創作をしている人は二人しか見つかっていません(図10)。
一ファンとしては大変寂しく、もっと人気になってほしいなといつも思っています。
「きらきら☆スタディー ~絶対合格宣言~」の話
ところで、受験を題材にしたきらら作品といえば、華々つぼみ先生の「きらきら☆スタディー ~絶対合格宣言~」が思い出されます。
「きらきら☆スタディー ~絶対合格宣言~」は、高校2年生の主人公・美崎真零が赤門大学を目指して「絶対ごうかくラブ」という勉強の部活を作り活動する、という話です。妄想癖設定をフル活用することで勉強生活の中にリアリティと激情を打ち出した「妄想アカデミズム」と比較すると、こちらは生々しさを排し、終始ほんわかした雰囲気が漂う作品となっています。
「受験きらら」の先駆者である「きらきら☆スタディー ~絶対合格宣言~」と、後発ながら「妄想癖」という切り口で新たな地平を切り開こうとする「妄想アカデミズム」。似ているようで違っている二つの作品ですが、どちらも面白い作品であることには変わりません。気になった方は是非両方を読んでみてください。
それでは。
(協力: kn1cht)
*1:作中では「東大」は「東卿大学」の略とされています
*2:一部では「この点は出ねぇよぉ!」で知られている典型問題です。「妄想アカデミズム」のコマをよく見ると、接線の式を「y=mx」とおくのではなく、接点のx座標をtと置いてtを含む形で接線の方程式を立て、後から「(x, y) = (0, 0)」を代入し、得られたtの方程式をtについて解いているようです。「誘惑を振り切れ」という未春へのメッセージなのでしょうか。それにしても、誰が気付くのかと言いたくなるような凄まじい小ネタですが、一体作者は何者なんでしょう......。
*3:この問題が「高1範囲」になるかどうかは学校によって微妙なところですが......。
*4:普通、高校生が大学に行く機会はオープンキャンパスくらいしかありません。「妄想」というコンセプトを使って主人公を高校生に設定したまま東大を登場させるというのは、さりげないながらも大変画期的なことだと思います。これにより、単に「東大の名前だけが出ている」のではなく、本当にあの"東大"を目指しているのだというリアリティが生じているのです。妄想によってリアリティを出すという一見パラドキシカルなアイデアを考え、作品として実現させたことには大きな賞賛を送りたいです。
*5:この記事では魅力を3点に要約して紹介することを目指したため、他のメインキャラである吉野ゆう及び三四一葉について書けませんでした。この二人については作品を読んで魅力を確かめていただければ幸いです。