誰でも新しい小惑星を発見できるアプリという触れ込みで、2023年に一般公開された太陽系小天体探索アプリ「COIAS」。1年足らずで多数の新天体候補が発見される、COIAS上で発見された小惑星が(697402) Aoと命名されるなど、たびたび『恋する小惑星(恋アス)』界隈を賑わせている。
COIASの太陽系科学・天文教育における活躍ぶりは既に各所の新聞記事等で取り上げられているものの、本会としては『恋アス』にまつわる裏事情の数々も知りたいところである。そこで、COIASを含む小惑星探索の現状や『恋アス』との関わりについて、COIAS開発チームを主導する浦川 聖太郎氏・杉浦 圭祐氏に伺った。2時間のロングインタビューに応じてくださった両氏に改めて感謝を申し上げたい。
聞き手:ふぁぼん(東京大学恋する小惑星同好会会長)/ kn1cht(同・会員)
※kn1chtはCOIAS開発チームに所属しておりますが、本記事では恋する小惑星同好会会員としてインタビューを行いました。発言はCOIAS開発チームとしての見解ではありません。
kn1cht まずはお2人の自己紹介をお願いいたします。
浦川 日本スペースガード協会の浦川と言います。観測的手法で惑星系形成の謎解きをするというのが専門です。実はドクター(博士課程)の時は小惑星ではなく系外惑星で学位を取りました。学位を取ってから就職した日本スペースガード協会は、太陽系小天体のうち特に地球に近づく小惑星を対象に、地球に衝突するものがないかどうか発見・監視・回避の方法を検討するというプラネタリーディフェンスの活動をする研究機関です。そのため、現在は仕事柄もっぱら太陽系小天体1を対象にしています。実は、修士課程でも太陽系小天体をやっていたので、元の研究対象に戻ってきたことになります。
杉浦 杉浦と申します。名古屋大学で博士号を取って、その後東京工業大学の方に移って4年間研究者をやってました。僕の専門としては、浦川さんと同じように太陽系小天体ではあるんですけれども、小天体同士の衝突に関するシミュレーション天文学の研究をずっとやっていました。現在の太陽系の小惑星だけではなく、太陽系ができる過程での小天体同士の衝突でどういう結果が起きたのかに焦点を当ててシミュレーションしたというのが研究内容ですね。
一昨年に東工大から転職して、今は三菱電機でウェブアプリケーションの開発に関する研究をしています。皮肉にもCOIASでウェブアプリ開発をすることが楽しくなってしまい転職したところがあるんですけども、今もCOIASに関わらせてもらって楽しくやっております。
kn1cht 杉浦さんの場合、新天体探索にはCOIASに関わり始めてから触れたのでしょうか。
杉浦 そうです。ちなみに僕は望遠鏡を触ったこともないので、本当に天文研究者かよって言われそうですが。
kn1cht 天文の研究者の中には、光学の望遠鏡を触ったことがない方も結構いらっしゃるという話は時々話題になる気がします(笑)
浦川 そうですね。私の指導教官も土星を初めて見たのは60ぐらいの時と言っていました。
杉浦 データは触ったことあるけどっていう人は多いような気がします。
COIAS開発の経緯
kn1cht COIAS開発の経緯についてはすでに新聞記事やインタビューで明らかにされていることと思いますが、改めて簡単にきっかけを伺いたいと思います。2018年後半ぐらいに考案されたと伺っていますが、どのような思いで始められたのでしょうか?
浦川 実は、2018年よりも前から小惑星発見を簡単にすることについて考えていました。なかなか手に取ることはないと思いますが、西はりま天文台の機関誌『宇宙NOW』6月号への寄稿にその頃のことを書いています。
系外惑星の研究を2004年から2006年ぐらいにやっていた時のことです。当時はSuprime-Cam2というカメラを使って系外惑星探しをしていました。研究室にいた修士の学生さんが同じSuprime-Camを使ってオールトの雲3を探す研究をしていたのですが、新天体を検出する作業はとても大変そうで、いつかどうにかしてあげたいなという思いがありました。
その後、2015年1月に共同研究者としてすばる望遠鏡へ観測に行きました。研究代表者の方は、木星トロヤ群4のサイズ分布を解明することを目的としていたのですが、私はそのデータを使って、メインベルト小惑星5やNEO6を見つけようと思っていました。
しかし、手作業で小惑星を見つけるのはやはり面倒で、どうにかして簡単に見つけられないかと2015年の途中ぐらいから考え始めました。その後は別のプロジェクトを進めていてすばるのデータについては2018年まで保留という状態でした。2018年秋に開催された天文学会での天文教育フォーラムで、すばる望遠鏡のデータを使った市民天文学で銀河を分類するというプロジェクトの発表を聞きました。その時にはまだ名前はありませんでしたが、現在のGALAXY CRUISE7です。その発表を見て、市民天文学の太陽系版を作ればいいのではないかと思いました。当時はCOIASという名前もなかったので、AstHunterという名前を付けて開発を始めたわけです。
kn1cht ネット上では「研究者が『恋する小惑星』を見たのをきっかけにCOIASを作った」などと勘違いされることもありますが、実際は小惑星探しを簡単にしたいという長年の思いからスタートし、名前が後からついたのですね。COIASという名称を考えられた時期はいつ頃でしょうか?
浦川 『恋アス』のアニメが始まった2020年1月の後、2月頃だった気がします。一晩で考えました。名称については色々悩んでいたのですが、アニメの中に日本スペースガード協会で使ってるソフト8が出てきたのを見て『恋アス』に絡めた「COIAS(Come On! Impacting ASteroids)」に決めました。研究者がよくやる頭文字をひねった略称9にしたくて、それを一晩考えましたね(笑) (『恋アス』の)KをCに変えるのを思いついたところが味噌かも。
kn1cht うまいネーミングだったわけですね。2020年の秋あたりに学会発表でCOIASという名称が発表され、SNSで話題になりました。当時私もそれを見て「すごいプロジェクトが動き出しているな」という印象を受けました。杉浦さんが加入されたのもこの時期の発表がきっかけとのことで、経緯についてお聞かせください。
杉浦 今お話しされた通り、2020年秋の惑星科学会で浦川さんが発表されていたのに出会いました。『恋アス』のアニメも見ていて好きでしたし、ちょうどこの頃から天文の研究に飽きだしていて何かアプリケーションを作ってみたいという考えもありました。小惑星を見つけたら『恋アス』作中の目標である命名もできるなという野望も持っていて、色々楽しいことができそうだと思って参加しました。
COIASの成果と運営
kn1cht そこからはさらに多くの共同研究者や企業の協力を得て、今我々がよく知るWeb版のCOIASが完成し、2023年7月に公開に至ったわけですね。公開以降、国内外から多くの方がCOIASを利用しており、インタビュー時点で16万を超える新天体の候補が見つかっています。新たに仮符号10が付けられた天体も4桁にのぼります。これは素人からすると非常に多い数字に思われますが、このスケールの成果が出ることは予想していましたか?
11月15日付の小惑星回報がMPCから発行されました。今回COIASでの測定が契機となって付与された仮符号は1632個です!
— 未発見小惑星検出アプリCOIAS公式 (@coias_t09) 2024年12月6日
それぞれの測定者の方などの情報を、データ解析状況ページのリストに追加しました。https://t.co/VV01ue2BAz#COIAS pic.twitter.com/2kzT4uOsx4
浦川 一応、科研費の書類に書いた見積もりでは150,000から200,000ぐらい見つかるだろうとしていました。なので、その規模の天体が見つかるだろうとは当初から考えていたわけですが、改めて本当だったんだなという気はしますね。
kn1cht 浦川さんはもともと日本スペースガード協会でNEOなどの観測に取り組まれているかと思います。これまでの観測と、COIASプロジェクトを実施していての感覚の違いはありますか?
浦川 COIASの方が圧倒的に見つかるという印象です。日々の観測が虚しくなるくらい(笑)
その感覚の違いはなんといっても限界等級11の違いです。2018年から2019年に使用していた東京大学木曽観測所も口径約1 mの望遠鏡ですし、新天体を発見する目的ではすばる望遠鏡(口径8.2 m)は非常に強力ですね。
杉浦 僕も解析がこんなに早く進むとは思っていませんでした。用意した画像の枚数はかなり多く、1年以内に解析がほぼ終わるとも思ってなかったですね。言い方はあれですが基本的にCOIASでの小惑星探しは繰り返し作業なので、皆さんが楽しみながらすごいスピードで進めてくださったところは驚きでした。
また、測定によって確定番号天体12の命名権を得られたのもラッキーでした。命名に関しては本当に運が良かったというのが大きいのですが、成果につながって良かったと思います。
kn1cht いま確定番号のお話がありましたが、杉浦さんは(697402) Ao13の命名のときに、X(Twitter)で「このために4年間COIASの開発を頑張ってきたと言っても過言ではありません」と喜びを綴っていらっしゃいました。杉浦さんがCOIAS開発を第一線で続けてこられた原動力は、『恋アス』のような小惑星探しを実現するというところが大きいのでしょうか?
杉浦 もちろん名前をつけられたらいいなと思っていましたし、それが一つの目標ではありました。しかし、一番楽しかったのはアプリケーション開発そのものですね。アプリを作るうえで、例えばReact14のコードをこういう風にいじればこんな機能が実現できるんだ、というのような知識はCOIAS開発をやらなければ分からなかったことです。自分が実装したアプリを一般に公開できて、みんなで触れるアプリを作るというところがものすごく楽しかったわけです。なので、一番のモチベーションはアプリを作ることそのものの楽しさだと思っています。
ふぁぼん COIASのユーザーは今非常に多いと思いますが、ユーザーによってどうしても測定のクオリティや精度にばらつきが出てしまうのではないかと思います。スパムやBotほど悪質ではないにしても、変な測定をするユーザーがいるかどうか、いるとしたらどう対応しているのかお聞きしたいです。
杉浦 いるかいないかで言うと、います。公開した最初の頃には、ノイズなのか本物の天体なのかを判別せずに全て新天体候補として報告してしまったユーザーもいました。ただ、小惑星観測の国際的な機関である小惑星センター(Minor Planet Center; MPC15)では、受け取った報告が一晩だけの孤立した測定であれば、あくまで天体の候補であるという扱いしかしません。それがノイズではなく実際に天体であれば、同じ軌道につながる測定が他にも存在しますので、それらと繋がって初めて新天体のデータとして扱われる流れになっています。したがって、一部に変な測定があっても天体の追跡に影響しにくい仕組みです。
浦川 補足すると、COIASのプログラムの中でも大きい誤差の測定などを弾いています。測定の送信先である小惑星センターには受け入れるデータの許容範囲があり、その範囲内のデータを送っています。そうした対策の結果、最近はノイズが混入することもだいぶ少なくなったと思います。COIAS公開直後の2023年8月には、ノイズが大量に測られるなどして小惑星センターから怒られるということがありました。公開前の1か月間、開発中のCOIASに興味を持ってくれた30名ぐらいの方にCOIASを使っていただくテストを行い、うまく動くことを確認したんですよね。ただ、テストユーザーだけの状態から一般公開に移ったとたんによくない測定を大量に送ってしまい、小惑星センターからシステムの修正を要望されました。その後1か月間、COIASを止めて修正を実施しました。その後も、2023年12月にもデータの修正が必要になりCOIASを長期間止めることになるなどいろいろありましたね。私は小惑星を探したいだけだったのですが、アプリ開発に強い杉浦さんのおかげで、私が欲しかった機能をはるかに超えるアプリができました。そうした役割分担ができたことで、様々なトラブル対応も乗り越えられたことは良かったと思います。
アマチュア天文家と小惑星観測
kn1cht 新天体探索において、アマチュアで天文をやっている人が果たす役割についてお聞きします。個人的に、アマチュアによる天体発見というのは、自宅に立派な天文ドームや大型の望遠鏡を持っている方が毎晩頑張って見つけるというイメージを持っていました。板垣さん16のようなイメージですね。そのため、インターネット上で新しい小惑星を見つけて報告し、しかも実際に発見者になれるかも発想を最初に聞いたとき、とても新鮮に感じました。そもそも、なぜこれほど間口の広い仕組みになっているのでしょうか。
浦川 そこは私のコンセプトや思いが大きく関わっています。20世紀の間は、ハイアマチュアの人が自分の望遠鏡を用意して小惑星を発見することが多く、1990年頃は小惑星発見数のトップレベルを日本のアマチュア天文家が占めていました。
私が日本スペースガード協会に入ったとき、アマチュア天文家の方が就職されていて、初代の理事長にも日本のアマチュアの技術をスペースガードに活かしたいという思いがありました。そこで、私はアマチュアの方々から小惑星探しのノウハウを学びました。例えば、浦田さんという小惑星をたくさん発見しているレジェンドみたいな人がいたり、軌道の報告をする先は中野主一さんという大御所みたいな人だったりです。日本の観測報告の窓口は中野さんで、小惑星センターに報告を送るわけではなくその人に送ってチェックを受ける仕組みだったんですね。
しかし、そのように一部の詳しい人に頼る仕組みにしている限り、間口が広がらないのではと考えていました。アマチュア天文家もどんどん高齢化してきてしまっていて、間口を広げないと科学教育・理科教育に貢献できません。小惑星探索も、やっていること自体は画像をパラパラ漫画にして発見して測定すればいいわけで、そんなに難しいことをやってないはずなんですよ。それなのに新しい人が参加しにくい活動はいかがなものかと。
私、サッカーとかスポーツ好きなのですが、2018年の天文教育フォーラムでISAS(JAXA宇宙科学研究所)の海老沢さんという方が「プロとアマチュアが一緒のルールで楽しまなきゃ面白くない」というメッセージを残されていたんですね。海老沢さん自身も自分で競技に参加しちゃうほどのモータースポーツのマニアですし、私もサッカー好きとして共感するものがありました。最近サッカーで日本が強いですが、私はレベルは違うものの、同じルールで幅広くみんながサッカーを楽しんでいるからだと思います。ピラミッドの底辺が大きいから頂点も大きくなったということです。研究の分野でも、みんなが楽しめるものにしなきゃいけない。
kn1cht とても立派な理念かと思います。私もアマチュア天文ファンで天体写真を撮るのですが、機材が高価なものでこのままだと廃れてしまうのではないかと感じていました。ただ、最近はスマートフォンだけでも簡単に星の写真が撮れるようになってきて、いま(編集者注:インタビューを行った10月中旬)見頃の紫金山・アトラス彗星もたくさんの人が気軽に撮影してSNSに投稿しています。気軽に参入できるからこそ盛り上がるというのは、どの分野にも言えそうに思いました。
浦川 そうですね。
kn1cht 今、日本のアマチュア天文の状況を変えたいという話があったと思いますが、世界でもインターネットを介した新天体探索の活動が盛り上がっています。例えば、主に学生を募って小惑星発見を目指すInternational Astronomical Search Collaboration(IASC17)や、Catalina Sky Survey(CSS18)が運営するDaily Minor Planetなどです。アマチュア視点では、実際の観測に気軽に関わっていける嬉しい時代が来たなという印象があります。こういう一般市民を巻き込むような取り組みは、天文学、特に太陽系小天体の分野で今後も発展していくのでしょうか?
浦川 どうですかね? 日本国内で発展するかどうかはもしかすると我々次第なのかもしれませんが。私も正直、去年ACM(Asteroids, Comets, Meteors Conference)という国際会議に行って、Active Asteroids19やADAM::Precovery20システムの方々が、世界中で同じようなことをやっているんだと初めて知った状況です。今後はビッグデータの時代なので、そういう取り組みはどんどん広がっていくと思います。
杉浦 僕の認識としては、ウェブアプリが成熟してきた影響もあるなという気がしています。一昔前はブラウザのシェアでInternet Explorerが強かったり、OSもWindowsとmacOSで全然違っていて、ウェブアプリもそこまで充実していませんでした。なので、OSが違うとソフトをインストールできないとか、データを共有する仕組みを作りづらかったという背景がありました。最近はGoogle Chromeを使っている人が多く、Chrome準拠で作っておけばOSや端末にあまり関係なく同じウェブアプリを使ってもらえます。そういう流れがあって、みんなで一緒に同じアプリケーションを使って何かやろうというのがすごくやりやすくなった気がします。
kn1cht 確かに、プラットフォームが追いついてきたというのも大きいですね。
ふぁぼん 最近、Web技術はいろいろ標準化されてきて、今までウェブブラウザでは使えなかったような機能もアクセスできるようになっています。何でもウェブアプリでできる状況になりつつあるのは間違いないなと思って聴いていました。
kn1cht 昔からある市民科学としては、SETI@home21とか、天文ではないですがFolding@home22のように、皆さんが持っているコンピュータの計算資源を集めて大きな計算をする形式のものもあります。一方で、今の小惑星関連のプロジェクトは、皆さんが暇な時間に画像をチェックして人力で見つけていくという形が主流になっているように感じます。この違いの理由や、コンピュータの能力を結集する取り組みも今後必要になってくるかどうかについてお考えはありますか?
浦川 SETI@home的なものよりは、COIASやThe Daily Minor Planetのような人海戦術が今は受けているようです。果たしてどっちに行くんですかね?
今から始まるLegacy Survey of Space and Time(LSST23)でも、画像処理の仕組みはほぼできているんだと思います。それでも市民天文学の分野でも何かやるということがホームページに書いてあったので、どうやってやるのかチェックしていきたいです。LSSTとすばるは解析コードをシェアしているので、もしデータがパブリックになればCOIASも引き続き使えるかもしれません。
また、SETI@homeは見つかる確率が万に一つ過ぎましたよね。結局1にも行ってないですけれど。やっぱりたまに見つかってくれた方が楽しいと思っていて、その点COIASはめちゃくちゃ小惑星が見つかるので人力の作業でもモチベーションを維持しやすいんだと思いますね。
kn1cht コンピュータが天体を全て見つけてしまうより、人が自分の目で天体を見つけるのが楽しいんじゃないかということを別のインタビューなどでもおっしゃっていますよね。
浦川 普通の天体も見つかりつつ、たまにNEOとかTNOのような珍しい天体があるとテンションが上がりますね。レアのガチャを引いたみたいな気持ちになれる。そういったところで太陽系小天体という対象はちょうど良かったのかなと思います。
kn1cht 先ほども話に出ましたが、サーベイ観測が始まるまではアマチュア天文家がたくさん小惑星を見つけていました。プラネタリーディフェンスの必要性が叫ばれ、大規模なサーベイが増えてからはアマチュアが活躍しにくくなったともいわれますが、COIASではどんどん解析が進んで珍しい天体も見つけている。天文分野におけるアマチュアの底力を感じます。
杉浦 僕がCOIASをやっていて思ったのは、熱心なユーザーの方が、ただ単にCOIASの機能で測定をするだけにとどまらない高度な作業をされているということです。この軌跡で動く天体だったら次はどこにあるだろうと自分で予測して探しに行ったり、他のプラットフォームと連携してCOIASでは測定されていない天体であれが狙いやすそうだというものを見つけたりだとか。いろんな情報を集めて、自分で探してくれるんですよね。これはウェブアプリという形で、いろんな興味のある人が自由に使えるプラットフォームを作ったからかな?というふうに思っていて。自由度が低い使い勝手が悪いものだと、こうはならなかったんだろうなと思っています。なので、我々の想像を超えるような使い方をしてくれたことはすごく嬉しいところです。
kn1cht SNSを見ていても、COIAS関連でかなり専門的な情報を発信しているユーザーの方や、昔から天体観測を続けておられる方がCOIASに参入するケースを見かけますね。
浦川 詳しい方が参加してくださるのはとても喜ばしいことで、むしろ最近ではもっぱらSNSを参考にさせていただいています。今日も午前中はアーカイブデータから天体を探すやり方の情報を参考にしていて、そうやって探すのかって。やっぱり趣味でやってる人たちはすごいですよね。日本のアマチュア、特に天文の業界では研究者の想定を超えるすごい成果を出す人というのはよくいるんです。そういうわけで、アマチュアの活躍はとっても大事ですよね。
アーカイブ天文学と新天体探索の未来
kn1cht アマチュアがただ趣味で楽しむ以外に、実際に科学的成果にも貢献できるところに天文分野の面白さがあると思っています。先日、Sam Deenさんというフルタイムのアマチュア天文家の方のインタビュー記事を読みました。彼は小惑星のアーカイブデータ24の探索や軌道を繋げる作業を得意としていて、全世界で広く公開された画像データや観測データから面白い成果を見つけるのが楽しいんだという趣旨の話をしていました。
COIASも、すばる望遠鏡が過去に撮影した画像から小惑星を探すという点でアーカイブデータを活用していますね。これまで自分の望遠鏡を使って新天体を探す方法が主流だったわけですが、時代の流れが変わってきたのではと感じています。今後、アーカイブデータからの新天体探索が普及する未来が来るのでしょうか?
浦川 アーカイブデータから新天体を探すことにもいろいろな側面があります。間口を広げたのは良い点ですが、逆に望遠鏡の仕組みが分からないまま天文学を研究している人が増えてしまっている現状もあります。最近の修士課程くらいの学生だと、実際の観測を経験したことはないのに論文は書けてしまう人もいます。研究者養成という意味では課題もあるわけです。
kn1cht アマチュアと違って、研究者は観測データを作り出さないといけないですからね。
浦川 ええ。そう言いながら私もすばる望遠鏡に観測に行くのはしんどいですし、一生懸命プロポーザルを書いても落ちちゃいますし、アーカイブデータの方が楽なんですよね。私は職場で望遠鏡を使っていて学んだからいいっていうことにしています。学生に対しても、どこかで実習など工夫をした方がいいのかなという風に思います。
杉浦 一方で、アマチュアの方もアーカイブデータばかり触るかというと、そうでもない気がします。自分で望遠鏡を使って観測するのが楽しい人っていっぱいいると思うので。小さい天体を新しく探すならアーカイブデータを使うし、趣味として天体写真を撮りたいなら望遠鏡を使うしといった感じで切り分けがされていくんじゃないでしょうか。
kn1cht 天文を楽しむ選択肢が増えて、いい未来に向かっていけるといいですね。私も昨日紫金山・アトラス彗星を見に行きました。自分の足で現地に行って、自分の手で機材を組み立てるのはやはり楽しい経験です。
浦川 そうですね。第2回新天体捜索者会議という会で発表したとき、COIASが一部の人以外にいまいち受けなかったということがありました。昔ながらのアマチュアの方々が多く参加する会議なので、自分のデータでないと嫌だという方も結構いるわけです。そういう人もいるし、アーカイブデータも自前の観測も両方やる人もいるし、アーカイブデータを使って小惑星探しを始めた小中学生もいる。いろんなタイプの方にとって、選択肢が増えたことはいい流れだと思います。
kn1cht 余談ですが、以前読んだ彗星探索についての本では、巨大な双眼鏡や望遠鏡を使って空をくまなく見て、ぼやっと光っているものを見つけるという方法が紹介されていました。今ではどうなっているんでしょう。
浦川 まだまだ数年前でもそれで見つけたという方がいますよ。星図が頭の中に入ってるのかなと思うくらいです。望遠鏡で自分の目で見ながら、昨日はここにはなかったとか言って見つけるアマチュアが実在している。それにはまだアーカイブデータは勝てない。すごすぎるなあと思います。
kn1cht そうした熟練の技能を駆使する手法もまだ生きているのは、アマチュアとしては頼もしいです。
東京大学恋する小惑星同好会合同誌 #FindOurStars vol.3
ここまでお読みいただきありがとうございました。 『#FindOurStars vol.3』に掲載されるインタビュー後半部分では、漫画・アニメファン目線から、COIAS開発チームのお2人に「小惑星Ao」「浦沢さん」「名古屋」「好きな天文・宇宙アニメ」といったテーマで質問を投げかけました。ぜひ本誌をお手に取ってご覧ください!
コミックマーケット105にて、東大恋アス同好会合同誌 #FindOurStars Vol. 3 を頒布します。
— 東大恋アス同好会 (@UT_koias) 2024年12月18日
内容は、恋する小惑星に関する評論や小説、イラスト、パズルなどです。
B5サイズ 188ページ(本文グレースケール)#C105 日曜日 東ワ10a 「東京大学きらら同好会」
価格(会場)1,000円 pic.twitter.com/gsreKzDBOX
『#FindOurStars vol.3』は、本記事のインタビューをはじめ、多数の評論・小説・漫画・イラスト・パズルを掲載しています。コミックマーケット105 日曜日(12月29日)東ワ10a 「東京大学きらら同好会」にて頒布予定です(会場価格1,000円)。
こんばんは、東京大学きらら同好会です!
— 東大きらら同好会@1日目東4ワ10a (@UTKiraraCircle) 2024年12月23日
冬コミ #C105お品書き を公開します!
12/29(日) 東4ホール ワ-10a
新刊『#FindOurStars Vol. 3』、コミケでは初頒布『micare Vol. 3』ほか各種既刊を揃えてお待ちしております!#C105 pic.twitter.com/ZUqpquuQrn
目次
- COIAS開発チームインタビュー / kn1cht・ふぁぼん
- 当番制 / ふぁぼん
- 恋アスの中の東大(広義) / 竹麻呂
- 恋する小学生がQuro 先生に邂逅するまで / すずか山麓
- 新領域創成科学研究科猪瀬舞概念 / すずか山麓
- 猪瀬舞の本郷GPS アート / すずか山麓
- 星を撮ろう! / Alkyne
- JAXA インターンシップ体験記 / Alkyne
- Koias Puzzle Hunt 解説 / EctoPlasma
- Quro 先生インタビュー・執筆記事一覧 / kn1cht
- イラスト / ひろみね
- 科博に来た / まーしー
- イラスト / あをもみじ
明日のきらら同好会 Advent Calendarは、東京大学きらら同好会からお送りします。
- 小惑星や彗星、太陽系外縁天体(TNO)などの天体をまとめた呼び名。太陽系天体のうち、惑星・準惑星・衛星を除いたものと定義されている。↩
- すばる望遠鏡の主焦点に搭載されていたカメラ。現在は後継機のHyper Suprime-Camが稼働している。↩
- 太陽からきわめて遠方にあると言われている太陽系の天体の集まり。長周期彗星などの起源と考えられている。↩
- 木星の公転軌道に近い軌道を公転している小惑星のグループ。木星のラグランジュ点(L4, L5)付近に集まっているという特徴がある。↩
- 火星軌道と木星軌道の間に位置する小惑星帯に属する天体。現在知られている小惑星の大部分はメインベルト小惑星に分類される。↩
- 小惑星のうち地球に接近する軌道のものを地球接近天体(Near-Earth object; NEO)という。地球への天体衝突を防止するには、NEOを発見し追跡することが重要。↩
- 国立天文台が実施している、銀河の形状や衝突を多くの参加者が分類する市民天文学プロジェクト。2019年から開始され、2023年には論文が発表されるなど貴重な研究成果を得ている。↩
- 日本スペースガード協会で開発された教育用小惑星探査ソフトウェアのこと。石垣島における新天体探索体験プログラム「美ら星研究体験隊」でも使用されており、『恋アス』アニメ終盤でその画面が再現された。↩
- 英語の名称の頭文字を繋いだ頭字語は組織やプロジェクトの通称としてよく使われるが、天文系の研究者には多少ネタに走った頭字語を強引に付ける文化があり、それをまとめたウェブページまで存在する(https://lweb.cfa.harvard.edu/~gpetitpas/Links/Astroacro.html)。最近日本では京都大学の有松特定助教が開発したPlanetary ObservatioN Camera for Optical Transient Surveys(PONCOTS)などが話題。↩
- 太陽系天体が発見されてから、軌道が確定して正式に登録されるまで仮に付けられる名称。報告した候補天体に新たな仮符号が付与されると、国際的に新発見として認識される。ただし、軌道が確定していないため後から新発見ではないことが判明したり、別の観測所の発見になったりすることも。↩
- 観測できる最も暗い天体の等級。望遠鏡自体の口径が大きいほど、暗い天体を楽に観測できる。COIASで使用するすばる望遠鏡の画像には、他の多くの天文台で観測困難なほど暗い小惑星まで写っていることになる。↩
- 仮符号が付いた小惑星が数年間十分に観測され、軌道が精度よく求まると「小惑星番号」が付けられ、確定番号天体となる。番号が付くと発見者はその小惑星の名称を提案できるようになる。↩
- COIASが初めて発見者として認められた確定番号小惑星。開発チームと測定者の議論で『恋アス』にちなんだ"Ao"という名称が提案され、2024年9月に正式に命名された。↩
- Webアプリで広範に使われているJavaScriptライブラリ。↩
- 小惑星の観測データの管理や軌道計算、出版を担う国際的な機関。世界中で得られた小惑星の観測データはまずここに集められる。仮符号の付与や小惑星番号の登録などを通じて新天体の発見を認定しているのもこの機関。↩
- 山形県在住のアマチュア天文家である板垣公一氏のこと。保有する私設天文台を使った超新星発見を得意としており、なんと世界2位の発見数を誇る。あまりにもたびたび新天体を発見するので天文雑誌のニュース欄で常連となっている。↩
- 各国の市民科学グループに天文台で撮影した画像と解析ソフトウェアを配布し、新しい小惑星の発見を目指すプロジェクト。実際に命名に至った天体も数十個存在する。↩
- アリゾナ大学を拠点とする、プラネタリーディフェンスを目的としたサーベイ(掃天観測)プロジェクト。2023年から、CSSで日々撮影される膨大な画像から多数の協力者が新天体を探すThe Daily Minor Planetを運営している。↩
- ワシントン大学の研究員Colin Orion Chandler氏が率いる市民天文学プロジェクト。彗星のように物質を放出する活動的小惑星の発見を狙っており、実際に活動が特定された天体の論文出版も進んでいる。↩
- プラネタリーディフェンスを目的とする非営利団体「B612財団」が公開している小惑星のプレカバリー(precovery)を簡単に行えるWebツール。小惑星のプレカバリーとは、過去の観測画像から見逃されていた小惑星のデータを発見・測定し、軌道を改良する作業のこと。↩
- 1999年に開始した、地球外知的生命体からの電波を世界中のパソコンによる解析で発見することを目的としたプロジェクト。膨大な計算を個人所有のコンピュータによる分散処理で行うボランティア・コンピューティングの最初期の事例。↩
- タンパク質の折り畳み(folding)に関わるシミュレーションをボランティア・コンピューティングで実施し、新薬設計などに活用するプロジェクト。2020年から発生したCOVID-19流行では治療薬開発を目標に掲げ、自宅から出られずコンピュータを持て余す人々によって約2.4 exaFLOPSという圧倒的な計算能力を獲得した。↩
- チリで建設中のVera C. Rubin天文台で行われる予定のサーベイ観測計画。同天文台は口径8.4 mというすばる望遠鏡級の望遠鏡を備えているため、これまで以上に新天体がザクザク見つかると期待されている。↩
- 保管されている古いデータという意味で、とりわけ天文分野では天文台が撮影した膨大な観測画像群を指すことが多い。公開されているものも多く、個人でアーカイブデータから小惑星や彗星を発見した事例が近年増えている。↩