東京大学きらら同好会

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ぼざろ合同誌「結ぶ、束ねる。」に寄稿しました

東大きらら同好会のK. 汝水(@tactfully28)です。

きらら同好会から、新刊「結ぶ、束ねる。」がリリースされます。「結ぶ、束ねる。」は「ぼっち・ざ・ろっく!」の合同誌で、3月18日(土)開催の即売会「ぼっち・ざ・おんりー!」で頒布される予定です。また、メロンブックス様での予約も開始しています。

utkiraracircle.github.io

私は3pの漫画「シーシュポスにも朝が降る」を寄稿しました。

「シーシュポスにも朝が降る」は5本の4コマ漫画の詰め合わせです。全体を通したストーリーはなく、各4コマは独立しています。そのためタイトル決めは難航したのですが、入稿直前になってようやく決定しました。
「シーシュポスにも朝が降る」の中には、シーシュポスという人間は登場しません。では、このタイトルはどこから来たのでしょうか。実はこれは、私が作中で不条理な展開を描いたことに由来しているのです。今回の記事ではその話をしつつ、最後に本の宣伝をしようと思います。

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俳優や映画スターには成れない

それどころか君の前でさえも上手に笑えない

そんな僕に術はないよな

嗚呼...

ASIAN KUNG-FU GENERATION転がる岩、君に朝が降る」)

アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」をご覧になられた方にはお分かりの通り、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの「転がる岩、君に朝が降る」という曲は後藤ひとりを読み解く上での一つのカギになっています。「転がる岩」とはとりもなおさずロックンロールのことであり、志と自分の無力さのギャップに打ちひしがれつつも、それでも(あるいは、だからこそ)ロックンロールをしていくのだという決意を歌った曲だと考えられます*1

僕らはきっとこの先も

心絡まってローリング ローリング

凍てつく地面を転がるように走り出した

ASIAN KUNG-FU GENERATION転がる岩、君に朝が降る」)

さて、「転がる岩」というフレーズから、私はあるギリシャ神話を連想しました。シーシュポスの物語です。
シーシュポスという男は、神に不遜な態度を取ったとして怒りを買い、巨大な岩を山頂まで運ぶ仕事を命じられます。シーシュポスはこの岩を運び上げるのですが、その度に岩は麓まで転がり落ち、また最初から運び上げねばならなくなってしまいます。この終わらない苦役こそがシーシュポスが神から受けた罰だったのです。そして、シーシュポスの姿は、現世で不条理な運命に翻弄される我々の象徴とされています。

一見、ここにあるのは圧倒的な絶望のみのように思われます。しかし、「異邦人」で知られる小説家・アルベール・カミュは、エッセイ「シーシュポスの神話」の中で次のように述べ、不条理の哲学を打ち出します。

ひとはいつも、繰返し繰返し、自分の重荷を見いだす。しかしシーシュポスは、神々を否定し、岩を持ち上げるより高次の忠実さをひとに教える。(中略)頂上を目がける闘争ただそれだけで、人間の心をみたすのに充分たりるのだ。いまや、シーシュポスは幸福なのだと想わねばならぬ。

カミュ, 清水徹(訳)(1969)「シーシュポスの神話」. 新潮文庫, 新潮社.)

不条理な人間は、不条理な勝利宣言によって運命を神の手から人の手の元へ取り戻します。もはや、自らを苦しめようとする神の思い通りにはなりません。たとえ岩が転がり落ちようとも、シーシュポスは悦びを胸に抱えて下山するのです。この「神々を否定」する在り方は、ロック以外の何者でもありません。
私は、自分はどこまでも無力だと思います。人生は無意味だとも思います。しかし、人はそれに抗う術を持っているとも思います。無力な自分を主人公に据えた、無意味な人生の中に悦びを見いだす術です。その術を教えてくれるのが、「転がる岩、君に朝が降る」であり、「シーシュポスの神話」であり、「ぼっち・ざ・ろっく!」だと思います。「不条理」と「ぼっち・ざ・ろっく!」はここに一つの繋がりを見せます。

私が不条理を描くのは、自分が不条理な世界に放り込まれた無力な人間に過ぎないことを認めつつ、それでも不条理の中に面白さを発見する精神を表現したいからです。これが私がタイトルに込めた意味です。たった3pの漫画ですが、深い思いを込めて描きました。

ところで、カミュ「シーシュポスの神話」は清水徹氏の訳のもと新潮文庫から刊行されています。この本は、次の書き出しから始まります。

真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。

カミュ, 清水徹(訳)(1969)「シーシュポスの神話」. 新潮文庫, 新潮社.)

自殺......。思わず読んでみたくなる冒頭ですね。皆さんは自殺したいですか?
それはともかく、自殺に関心がある人もない人も、死ぬ前に一度この本でカミュの人生哲学に触れてみるのはいかがでしょうか。定価693円です。ぜひ読んでみてください。

www.shinchosha.co.jp

というわけで、本の宣伝の回でした。それでは。

*1:私は、「君」はこの曲を聴いている我々のことだと思っています。つまり、「ロックで『君の孤独も全て暴き出す朝』に連れていくから、この無力感に共感してくれるなら僕が歌うロックを聴いてくれ」という解釈です。